石鎚古道をゆく-乳杉-

今は、たまに歩きのお遍路さんが辿るぐらいの石鎚山の今宮古道。その昔は、山間に集落を形成し山開きには住民はその住まいをお山参詣者の季節宿として解放、年に一度遠来からのお客を迎えた集落では、様々に人や文化の交流もありました。そして村の要所では、トコロテンや甘酒、また肉桂やお茶を始めとするお土産を売る店も出て・・・それはそれは~賑わったものです。石鎚山開きの別称を「お山市」と呼ぶのは、こうした市場がお山に立ったことに由来しています。

石鎚の山村に限った訳ではないですが、過疎化が進み住む人も無くなると賑わった古道周辺も杉や桧の放置林が目立ち山間の空がさらに狭くなります。
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そんな森を歩いていると、桁違いに大きな杉の木が出迎えてくれます。そうです。この杉が通称「乳杉」です。

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樹齢800年以上、その周囲、目通り4.6メートル、高さは30メートルにも達します。樹齢から遡ると鎌倉時代にここに芽生えたことになります。この杉は、根元から2本に分かれていて、大きい方を「女杉・めすぎ」、小さい方が「男杉・おすぎ」と呼ばれています。

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で・・・何で「乳杉」かというと~母乳の出ないお母さんが、女杉の枝の付け根の乳房にも似た膨らみの皮を煎じて飲むと良いとされていました。そのため、女杉の表皮の一部は剥がされ今も赤くなっています。自然保全の立場からすると疑問を呈する方もいらっしゃるかと思いますが、私はこの杉にこんな謂れがあったからこそ、数百年もの間切り倒されることもなく平成の今に在ると思います。山里の暮らしの中で生まれた文字通りの「自然と人との共生」の証し的存在・・・。

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調べてみると、国内には同じような意味合いをもつ杉や銀杏が散見できました。いずれにしても、石鎚山の乳杉は、老木故に一部は朽ち、また一部は落雷のために先端が枯れてもいますが、石鎚山中の数百年を変わらない位置からずーっと眺めてきた「いのち」の代表各に違いありません。長いながい時の流れのなか、平成の世の中を彼と彼女はどんな思いで眺めているのでしょうか・・・。リチャード

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